何という爽やかな、カラッとした空気。広大なサバンナを渡ってくる、汚れのない空気。思わず胸一杯息を吸い込む。香港、カラチと蒸し暑い国を通ってきただけに、ことさら清涼感を感じたのかも知れない。夫と二人降り立ったのはケニアの首都ナイロビの小さな国際空港。昭和四十二年七月下旬のことだった。 やっと一台残っていたタクシーを掴まえ、二十分程で市内に着く。夫の決めた三流のホテルに入る。こんなホテルでもイギリスの植民地だったので、朝食は薄切りのト−スト、フルーツ・ジュース、ベーコン・エッグ、ミルク・ティーと立派なものだった。 翌日、町を歩いてみると何だかすぐ疲れる。変だと思ったら町は標高千七百メートルの高原にあるのだった。マサイ語で「冷たい水」を意味するナイロビ。日中三十度はあるのに木陰に入るとカーディガンを羽織る。大通りはプーゲンビリアの並木道、人通りは殆どなく、車も少なく、美しい快適な町だ。まるでヨーロッパの小さな町のよう。 その頃はまだ日本人観光客はまれで、高級なノーフォーク・ホテルの屋外カフェで昼食をしていると、外国人観光客からジロジロ見られた。当時一ドル三百六十円。東京〜ナイロビ間、割安料金でも四十二万七千百五十円だった。 私はスワヒリ語を全く知らずにきた。夫は数字は大切だからと言い、ナイロビ大学の美しい芝生の庭で、二十までの数字を二十分で憶えろと、口づてに教えてくれた。あとは英語=スワヒリ語の単語帳で必要なむのを憶えていった。 一日、レンタカーで近くのナイロビ国立公園に私の運転で行く。公園に入って、夫が「こういう所は僕の方がうまい」と運転を代った。ところが「僕がギアを入れるから、君がクラッチを踏め」というので唖然とした。なんてユニークな人。そんな動作に疲れ、また私に代る。広い広い公園の中、野生の動物たちが生き生きとそれぞれの存在を主張している。私たちは車の中から見物するのだが、本当は動物たちから見られているのだ。この大自然の中では人間なんて小っぽけな存在だ。 突然、車のフロントガラスにとびついてくるパブーン。初めて自然の中で見るライオン、キリン、シマウマ、トムソン・ガゼル等、まさに息をのむ感動を体験した。 ある夕、日本大使館に赴任しているご夫婦の家に招かれた。そのお宅は車で十分ほど。木々に囲まれ広々とした敷地に建つイギリス風のレンガ造りの瀟洒な家だった。夏(七月だったので)だというのに暖炉に火が入っている。映画でしか見たことのない暮らしぶりに圧倒されたのを憶えている。十日の後、数々の思い出を残して私たちはタンザニアに向けて飛び立った。 アフリカは何といっても動物の国だ。ケニアにはマサイ・マラ動物保護区、アンボセリ国立公園のほか、数多くの公園や湖があり自然が守られている。 あれから三十六年の月日がたった。夫はもうこの世にいない。私も病気がちだ。今、夢の中にでてくるのは、あのときの動物たちの姿だ。しかしあの時の動物たちも今はいまい。二代目、三代目に代っていることだろう。 平成十五年六月二十三日