夜七時五十分、私が住む立川(たてかわ)二丁目のKさん宅の前に集まる。現在は主婦四人。何かで誰かが休むことはある。私も今年は六月になってから、この夜のウォーキングに参加した。 私が散歩を始めたのは四年前、脳梗塞と狭心症に倒れ、幸い良医に恵まれ後遺症もなく病を克服した時、先生に勧められてからである。初めは頭も足もふらつき加減だった。だが歩くことは脳の刺激にも、血液の循環にも良いから、とのことで始めた。私は娘時代、この墨田区立川二丁目に住んでいた。ここは私の故郷である。しかし、ここに戻ってきたのは四年前主人を見送り、病後のことである。初めは一人でぶらぶら歩きだった。それがご近所の主婦の方が四、五人で毎夜ウォーキングを楽しんでいるのを知り、お仲間に加えていただいた。昨年は四月から参加して十二月二十八日まで気持ちよく歩くことが出来た。お仲間の中にはもう十七年も続けている方もいるから驚きである。 その道順が楽しい。私の住む立川二丁目から出て、西にベニサン・スタジオの前を通る。このスタジオは芝居の稽古場として知られている。そこから新大橋に出る。橋はライトアップでオレンジ色のモダンな姿を見せている。ここまでは殆ど人に会わない。橋の上では川面に映えるビルのネオンを眺める。それに夏は毎日のように赤提灯を一杯つけた屋形船が船宿に戻るのを見る。まるで時代がさかのぼった感じだ。 橋を渡り真っ直ぐに水天宮の交差点に出る。角には古くからある人形焼の店がある。右に曲がり人形町通りを行く。賑やかな通りで商店もかなり遅くまで開いている。この人形町は「江戸の頃、中村座、市村座等の歌舞伎や操り人形芝居が行われていた堺町、葺屋町近辺には人形を造る家が多かったので人形町と俗称された」と地名辞典に出ている。 甘酒横丁を横切り、金座通りに出て右に曲がり「今半」を左に再び横丁に戻る。この通りはもう店は閉まっているが、路地の赤提灯は賑やかでサラリーマンの姿が多い。 真っ直ぐ並木道を歩き浜町に出て、緑地公園の勧進帳の弁慶の銅像を右にみる。横に人形町の由来を書いた銅版の立て札がある。先週私は葺屋町の字が「茸」になっているのに気づき、中央区の係りに知らせたというハプニングもあった。緑地公園は昔は堀であったが、今は桜並木に変貌している。そして左側に立派なビルに生まれ変わった「明治座」がある。その前から浜町公園入り口のなかまでイチョウ並木があり、秋は見事な紅葉が見られる。公園の右手に大きな総合スポーツ・センターがあり、帰りの時でも窓は明々(あかあか)と輝いている。公園は何年もかけて造園され今年(平成十五年)春に完成し、木々や草花を楽しめるのが嬉しい。山形のサクランボの木も数本ある。大川端に出、川辺を散策、新大橋から元のコースを帰る。 この全ての道筋は人形町を除いて、薄暗い道を歩いているが、こうして夜歩けるのも治安が良いおかげと感謝している。 夜のウォーキングが楽しいのは素顔のままで良し、夏はTシャツにパンツと全てに気楽なこと。お金がかからずそれに夜風が心地良い。一番長続きするスポーツだと思う。ただ、皆六十歳以上なので、特に私は転ばないように注意している。四人もいるとおしゃべりが絶えず、口の運動もお盛んである。このグループの決まりは人の悪口を言わぬこと、日曜、祝日はお休みということだけ。夏は大掛かりな中央区の盆踊りを楽しめるし、せともの市、植木市ありと下町情緒に出会えて心が浮き立つ。 こうして家に戻るのは、ほぼ九時。少し休んで汗を流し、そして冷たいビールを一口飲み、幸せな気分になる。本当に楽しいウォーキングとその仲間。そのおかげで贅肉が取れ、寝つきもよくなるのも余得というものだ。 昼間も歩いてみる。人形町、甘酒横丁は夜とうって変り、人通りは多く、商店は賑わっている。和菓子屋、京粕漬の店、竹製品の店、つづら屋、三味線屋、京扇子の店など、江戸時代からの老舗が多く、また鳥肉と焼き鳥、玉子焼きの店、手作り豆腐屋、寿司屋、蕎麦屋、肉とすき焼屋の大構えの店、「日山」と「今半」、高級な天ぶら屋、鯛焼き屋、御茶屋、小さな食べ物屋は数知れずある。この甘酒横丁は女性はさっさと歩けない。婦人服の店が何軒もあり市価より安いのでつい手が出る。 最近知ったが、甘酒横丁の交差点のすぐの所に谷崎潤一郎の生誕地、地下鉄人形町駅前には玄冶店(げんやだな)跡、寄席の人形町末広跡の碑、三光稲荷神社、清正公寺を見つけた。また島崎藤村、鏑木清方の住居跡もあると本で知ったが、まだ碑は立っていない。長谷川時雨生誕地、賀茂真淵県居の跡、お梅(明治一代女)事件跡、真砂座跡、等あるようだが、これから探すのを楽しみにしている。またお馴染みの水天宮は水難の除災、航海の安全を守るとされているが、昔から安産の神様。戌の日に妊婦が腹帯をいただき巻初めると安産のご利益があると、母親につれられた若い妊婦の参詣が引きもきらない。 六十半ばを過ぎて、やっと何かと下町の周りのことごとに興味を持つようになった。五月には「深川めし」のことを書いた。池波正太郎、山本周五郎の著作にも目を通すようになった。ウォーキングでいろいろ下町の文化財、旧跡に触れ、文人たちに親しみが増し、理解を深める効果を出している。これからもどんどん歩いてみよう。 平成十五年七月二十五日 今年は四月に浜町公園に行く。こんなに桜の木があったのかと嬉しくなった。満開の花の下でお弁当を食べる人々、犬づれの人も多い。真っ直ぐ伸びたハナモモが白、赤、濃いピンクの花をつけて、趣を添えている。また緑道公園の桜並木はこの周辺の人しか知らないと思う。ホテル吉晃のレストランからの桜見物は一寸しゃれている。ここは時々寄るが静かで良い。 平成十六年四月一日